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ラクトはまた、旅立ってしまった。今度は名前を書き替えるだけなので、前よりも早く帰るという。
ハルは窓辺でのんびりと巣を眺める。のんびりしすぎて自分の役割を忘れそうだ。若様が急にその気になったら――たぶんならないだろうが――ちゃんと受け入れられるだろうか。たまに自分でアレをほぐしたほうがいいだろうか? でも無意味なことはしたくない。
お尻が平和だ……。
撮影機器の画面越しに巣を眺めている。肉眼よりよく見える。ズーム機能って素晴らしい。
まん丸く太った雌が巣の中で陣取っている。雄が一生懸命餌を運んでいた。
尾羽をむしられたり食事を貢がされたり。大変だなぁなんて思いながら足の筋を伸ばしていると……雌がお尻を震わせた。なんかしてる……糞じゃない。
ハルはごろりと転がるようにして、カーテンの中から出る。勉強をしていた若様が、ぎょっとしたように顔を上げた。
「どうした」
「お尻が! お尻がなんかしてます」
「はぁ?」
「まんまるいものが、みゅ~って出てます、お尻から。鳥の!」
勉強道具を放り出して、若様もカーテンの中に潜り込む。二人で肩を寄せ合いながら、撮影機器の画面を見つめる。
「卵だ……何個目だ?」
「わかんないです」
「ええと、……三個……四個……。いつの間にそんなに産んだんだ、後で映像を見直さないと」
「まだ一杯産みますか?」
「もう終わりだ、たぶん。ちょっと多めだな、一個は予備かも」
「予備?」
「雛に食わせるためのものだ」
可愛い顔してるくせに、やることがいちいちエゲツナイ。
「抱卵だ……いいなぁ……。雌が卵を温めるんだ。ちゃんと映像撮れよ。で、後で編集するんだからな」
「編集してからどうするんですか?」
「城に持って帰って保管する。いずれ宇宙に持って行って、観る」
小鳥の産卵で興奮するんだろうか。皇太子より趣味がイカレてるんだろうか。
若様は窓の向こうに目をやる。
「城の庭に行けばいくつも巣があるのに。宇宙に行ったら見られないんだものなぁ」
青い瞳がまた、色を失って柔な光を帯びて見える。皇太子の言った「とびきり綺麗」という言葉に、納得しきりだ。
陽に透ける髪の端が蜜の色になっている。触りたい。指を絡めて……それからどうしよう。触れるだけでも特別なのだ。貴族の髪に好きに触れるなんて許されることじゃない。
騎士になった貴族の男は、髪を長く伸ばす。寄宿学校を卒業したら叙任される若様は、今から髪を伸ばしている。叙任式で見栄えがいいようにだ。
真っすぐでつややかで、美しい髪。触りたい。
「ねえ、若様」
ハルは小さな声できいた。