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二階の一室に衣装室を見つけた。クローゼットを開けると、詰め込まれたドレスが見つかった。ダイヤモンドがちりばめられているドレスに目を付け、ダイヤモンドを無造作にむしりとり、布袋に入れる。クローゼットの隣には、帽子掛けがあった。棒の左右にいくつもの出っ張りがついていて、そこに様々な色や形の帽子がかけられている。真珠や孔雀の羽根をむしりとり、それも布袋に入れる。
鏡台の上には小物入れが置いてあり、中を開けると、細い鎖で繋がれたダイヤモンドの粒や宝石をはめ込んだペンダント、イヤリングが入っていた。蓋を閉めて、箱ごと布袋へ入れる。
部屋の窓を開けて、そのまま飛び降りる。芝生の地面を転がり受け身を取ると、そのまま走り出した。
あたりは真っ暗で視界がよくないが、ブナと菩提樹の並木道に沿えば出られる。
半分ほど行った所で道を逸れて、木々に隠れながら出口を目指す。入ったときも門から入らず塀を飛び越えた。
「待て!」
真冬だというのに、暖炉には火どころか石炭さえ置かれていなかった。その気になれば石炭はいくらでも調達できた。だが、エレマイアはそうしなかった。
虐殺戦のときに家は半分ほど壊された。停戦後、人を雇って修繕させたものの、素人大工ゆえに壁から隙間風が入ってくる。
家には家具がなかった。凶暴化した民間人に全て持って行かれたからだ。素人が修繕した壁以外に風をしのぐ物がなく、エレマイアを冷たくする。屋敷がより広く思えた。
一番、金を使っているのはドレスだった。ロンドンにある仕立屋で作ってもらっている。虐殺戦前の仕立屋に行く勇気はなかった。戦後仕立屋はそれなりに繁盛していた。虐殺戦が終わるやいなや、国外逃亡した貴族の人間たちがわらわらと帰国してきたからだ。
店主は、エレマイアが粒獣だとわからなかったのだろう。初めての客なのに、やたらに愛想が良く、そして腕も良かった。人間は粒獣か人間かを見分けることはできないが、粒獣は見ただけで同族かどうかがわかる。
脅す気か?」
ザカリーが言い、バルクが慌てた様子で近付いてきたときには遅かった。
他害するなら素手の方が強い。自傷するなら武器を使うしかない。エレマイアはナイフを左耳に突き立てた。手首が隠れるほどのラッフルに血がつく。袖の薄いモスリン生地はいとも簡単に血を吸収する。
すぐにナイフを抜いて、左耳を切り落とす。あふれ出した血がドレスを汚す。淡い緑のドレスに、銀の糸で刺繍された大きな花が真っ赤な血で染まった。
続けざまにためらいもなく左目の眼球にナイフを突き刺した。目の奥にナイフを引っかけ、そのまま眼球ごとナイフをひっこ抜く。
自分の眼球を無関心にナイフから引き抜き、床に落とした。
綾織りの淡い藤色の靴に血が飛び散った。
「あなたたちが帰らないなら、残りの耳も目もこうするわ」
「早く病院に行かないと」
ザカリーが近付こうとするのを、バルクが腕を掴んで引き留めた。
「今日は帰ろう」
「でも、エレマイアが」
「ここに残る方が、悪化する」
ザカリーは何度も振り返りながら、バルクは振り返りもせずに屋敷を出て行った。