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音声読み上げデータ添付 CV:さとうささら(CeVIO)
※ページ数212(400文字原稿用紙概算223枚)約88000文字
序章 日野 桜花
あなたは今日から生き物係です。
生き物係室にお越しください。
ブリキ先生が待っています。
ブリキ先生はゼンマイで動きます。
先生のうなじを見てください。
早朝。日直の当番で来てみると、机にこのような
用紙が置かれていて、ゼンマイの鍵がくっついていた。どうするか悩んだけれど
見に行くだけでも、と行ってみることにした。
この教室から出て一番突き当り?あそこは
たしか空き室で物置になっていたと思うけれど。
つきあたりの教室に行くと、たしかに「生き物係」
という表札が上に付いていた。でも、このような表札が出ていたことに今まで気づかなかった。
「失礼しまーす」
こんこんとノックをして引き戸を開けてみると、中は物置となっていて、真ん中にブリキ先生、と書かれたシートで覆われた何かがある。僕はそれがブリキ先生なのだと思い、シートをよける。すると、
等身大のマネキン人形?の女の子が目を閉じ、
眠ったように椅子に座っている。いや、座らされている、
といったほうがいいのだろうか。
僕はあの連絡用紙にくっついたゼンマイの鍵のことを思い出し、そのマネキン人形のうなじを見ることにした。
「ちょっとみせてね」
人形といえども、女の子の姿をしているので勝手に
後ろ髪を触りうなじをみることに抵抗を感じた。
すると、うなじにはゼンマイを巻くためだとする
差し込み口があった。カリカリと僕はゼンマイを
そっと回す。10回ほど回すと、ぴくりとマネキン
人形が動いたような気がして、正面に回って様子を
見てみる。
「え?う、うごくぞ!」
マネキン人形がゆっくりと立ち上がり、目が少し開いて、僕の方を見つめている。
「君がブリキ先生?」
僕は近づき語りかけると、バランスを崩したのかよろめく。
「あ、あぶない!えっ!お、おもいっ!」
僕はそばに寄って支えようとすると見かけに反して重く、そのまま倒れてしまった。とっさに目をつぶり、鼻先に何かが当たる。目を開くと、そのマネキン人形は僕に
覆いかぶさる姿勢となり、顔をじっと見つめていた。
どうやら僕は、倒れたときに鼻から
血が出ていたようだ。
「あなたがあたらしい係員ね。私は生き物係の主任をしているわ。よろしくね」
ピンクのハンカチを僕の鼻に当てて、ブリキ先生は
そう答える。
「天塚海魚(あまつかみお)です。
よろしくおねがいします。」
「うん、海魚くん、いっしょにがんばろうね」
ブリキ先生の腕をよく見てみると、関節の部分が
球体になっていた。商店街などで見かける
マネキン人形とは全然違うようだ。ロボット?
なのかもしれない。
「ああ、散らかっていてまるで物置のようね。片づけるからまた後でね。これから授業があるんでしょう?」
状況が呑み込めないまま、ぼくは生き物係になっていて、そのまま生き物係室を後にした。
「あ、新しいハンカチ、買ってこないと。おこづかいたりるかな?」
ピンクのハンカチを鼻に当てながら、洗面所の鏡に
映った自分を見ると、ハンカチの縁に名前が書いてあることに気付く。
日野桜花(ひのおうか)
ブリキ先生の名前、かわいい。
チャイムが聞こえて、それからはいつもと同じように、授業が始まる。僕は夢を見ていたのかもしれない。
午後。体育の授業だ。
グラウンドで体育座りをしていると、ふと生き物係室のほうの窓を見る。ブリキ先生が何かを抱えて運んでいる。
「ブリキ先生、僕も手伝うよ。」
エプロンとバンダナをした恰好の先生。
「ありがとう、助かるわ。」
不用品を校庭の焼却炉の方に持って行っているらしい。
いつのかわからないテスト用紙とか、連絡用紙など。
紙でもこのくらいの量になるとけっこう重い。
「ふう、だいぶ片付いたね。・・・ブリキ先生?」
ブリキ先生が廊下で座り込んでいる。
「どうしたの?具合が悪いの?保健室にいく?」
返事がない。突然眠り込んでいるようだ。
「もしかして・・・」
僕は先生のうなじを見えるようにして、ゼンマイを
巻いた。
「ん・・・・」
やっぱり。ゼンマイがきれたようだ。
「あら海魚くん、おはよう」
ときおり、ブリキ先生の様子を見に来ようと思った。
廊下で寝てしまったら大変だ。
僕は先生の手を握って立つのを手伝うと、生き物係室に入る
「うん、片付いてきたね。あと寝室も」
ブリキ先生は壁の用具入れを開ける
「寝室って、ここそうじ用具いれるところだよ?」
たしかに用具入れは教室に置いてあるものより広く、
ブリキ先生がちょうど体育座りをして入れる
スペースがある。
「でも、ここに座って扉を閉じるとね、なんだか
落ち着くの。」
と、用具入れに入って見せる。やっぱり、ロボットなのだろうか。
「じゃあ、何か下に敷いたほうがいいですね。」
そうして僕は、ブリキ先生の寝室をつくるのを手伝うのだった。
放課後。生き物係室に行ってまた片づけるのを
手伝う。
「だめ。暗くなっちゃうから、あとは先生が
するから早く返るのよ。」
ばいばいと手を振る。こういう所はちゃんと先生。
商店街。ブリキ先生に渡すハンカチを選ぶ。
やっぱり桜色のがいいよね。
財布をみると100円玉が5枚。なんとか
買えそう。飲み物がしばらく買えなくなるけど。
「あ、天塚くんだ」
そうしているとクラスの委員長と会った。
「ハンカチ?だれかにあげるの?」
ちょっと苦手。
「う、うん、ちょっとね」
ねぇねぇ、文化祭の時に実行委員になってくれるよね?」
「え、うん、いいよ」
「もう、だれもやりたがらないんだから。それと」
「なに?」
「体育の授業の時、勝手にどこかいっちゃだめよ。
私ずっとみてたんだから。」
「ええと、係員の仕事手伝ってたんだよ」
「係員?天塚くんなにかやってたっけ?」
「うん、生き物係」
「生き物係?飼育係じゃなくて?そんな係ないわよ?」
「でも、生き物係になったんだって」
僕はブリキ先生のことは黙っておこうとした。
きっとびっくりするにちがいないし、なんだかいけないことをしているように感じていたから。
「ほかにだれがいるの?」
「今のところ僕ひとり」
「はあ・・・それぜったいだまされてるって。
ただの雑用なんじゃないの?」
そうかもしれない。
「ぼ、ぼくはやく家に帰らないと心配されるから!」
ぼくは一方的に押し切ってその場を離れた。
「でも、学校でなにか動物飼っていたかな?
絶対なにか隠してる」
かくしごとをしているとあやしむ
委員長の視線を受けながら帰宅した。
自宅の部屋。
今頃ブリキ先生も用具入れの中で眠っているの
だろうか。生き物係って何をするんだろう。
委員長、苦手だな。
色々考えているうちに眠くなってきて、
また明日。
「やあ、手術後の様子はどうかな」
ここはどこ?私はたしか教室を片づけていたはずだけど。
「これから簡単なテストをするよ」
目がぼやけてよく見えない。
「難しく考えなくていい。いまから見せる絵を見て
思ったことを話すんだ。」
見知らぬ人。見知らぬ部屋。ああそうか、これは夢だ。
「まず一枚目」
→花
大きなミミズ
触手
「2枚目」
顔
→アヒル
落ち葉
「3枚目」
ムカデ
縁台
→タヌキ
「4枚目」
異形の存在
→猫
花壇
「5枚目」
→ウサギ
ピースした手
大福
「続いて、次につぶやいていく言葉から連想される
ことを答えてみて」
これはなんのテストなのだろう?
「マネキン」
↓「友達」
「映写機」
↓「幸福を呼ぶもの」
「おりがみ」
↓「生命」
「車」
↓「更新」
「噴水」
↓「鳥」
「やけど」
↓「保健室」
「うん、特に後遺症はないみたいだね。手術は成功だ」
手術?私はけがをしたのだろうか?
「それと、この施設にいるうちはゼンマイだけで大丈夫だけど、どこかに出かけるときは・・・・そこに・・・・これを・・・」
だめ。聞き取れない。だけど私は彼が何を言おうとしているか知っている。
今、教室に誰かが入ってくる気配がした。