えにしなりしと

  • えにしなりしと [Spiral Moon]
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えにしなりしと [Spiral Moon]
Circolo nome Spiral Moon
Data di rilascio 12/02/2023
Accoppiamento
Autore 飛牙マサラ / 石神たまき
Età
Tuttel le età
Formato dell'opera.
Formato del file.
Altri
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Genere
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1,06GB

Riepilogo dell'opera

えにしなりしと~淡き想い~ 壱ノ巻

壱ノ巻

 その日、彼に逢った。
 誰もが目を見張る美丈夫で、本当にそこにいるのか疑うほどの完璧さで立っていた。
 長く手入れの行き届かない髪を乱暴に纏めただけだというのにそれすら様になっている。
 切れ長で伏し目がちの瞳は深い藍色だろうか。
 花の舞う蝶屋敷の中庭で彼だけが水墨画のように異質を放っているのは間違いなかった。
 蝶屋敷の家人から客が訪っているので来るようにとカナエから伝言を受け、急ぎ中庭へと向かってきたのだが、姉と並んでいる姿は何処か様になっており、何故だか胸が少し痛んだ気がした。
 しのぶがやって来たことに気が付いたカナエが妹を呼び寄せ、男の前に立たせていきなり紹介をはじめる。
「冨○さん、妹のしのぶよ。仲良くしてあげてね。しのぶ、此方、水柱の冨○義勇さん」
「よ、よろしくお願いします、胡○しのぶです。お初にお目にかかります、水柱様」
 柱に会うのは姉以外では初めてであり、しのぶは緊張しながらも失礼のないようにとしっかりとした挨拶をした。
 が、それに対して義勇はちらりと彼女を一瞥しただけで何も言わなかった。後から姉に聞いた話では小さく会釈していたらしいが、しのぶにはまるで分からなかった。
 故に彼の無礼な態度に対して憤りを感じ、感情の赴くまま彼に向かって噛み付く。
「挨拶の一つも出来ないんですか! 柱ともあろうお人が!」
 しのぶがそう言い放つと、少し驚いた表情を見せ、義勇はゆっくりと口を開いた。
「冨○義勇だ……」
 その声はとても綺麗で、澄んでいた。ただ感情というものを感じない、無機質さを含んでいたが。
 まるで水面、静かで波一つのない……
 そんなことを感じながら目が離せなくなり、義勇のことを見つめていた。
「しのぶは私の継子でもあるから冨○さんも見知りおいてくださいね」
 カナエは自分が柱になって直ぐにしのぶを継子として迎えた。妹が育手のところで苦労しているのを知っていたからだろう。
 しのぶは幾ら鍛錬を積もうとも鬼の頸を切れるまではいかなかった。お陰で最終試練も参加出来るか危うかったが、カナエが彼女を継子にしたことでそれは解決された。
 無事に試練を乗り越え、鬼殺隊士として活動できるようにはなったが、まだまだ新人である。当然、目の上の相手に対する態度としては良くなかったことは間違いない。
「し、失礼致しました、水柱様」
 しのぶは心から非礼を詫び、深く頭を下げた。また生意気とか言われるのだろうかと思いながら。
「……いや」
 ただそれだけを口にし、彼はその場を去って行く。しのぶを責めるような口調ではなく、それどころか、此方こそ失礼した、そんな言葉が聞こえたような気がした。
 義勇の態度に驚きながら見送っていると、カナエが少し意味ありげに語りかけてきた。
「うふふ、冨○さんは優しいからしのぶもきっと好きになるわ」
「ね、姉さん?」
 いきなり何を言うのだろうと思い、訝しんで姉を見遣る。
「あの人は尊敬できる相手ってことよ。今回もわざわざしのぶを紹介したいって連れてきたのよ」
「そうなんだ……って、なんで私を?」
 しのぶはただの一介の隊士だ。わざわざ柱に紹介されるような者ではない。
「だってあなたは私の継子だもの。それに花の呼吸は水の呼吸の派生でしょ? 彼に会っておいて損はないわ」
「それはそうだけど……」
 修業先でも水の呼吸を基本として学んできてはいる。姉の継子になってからは花の呼吸に切り替えてはいるが、確かに水の柱ともなれば水の呼吸の最高峰であり、その存在は無視できるものではない。
 だからと言って継子ですと紹介するために連れて来るのはどうなのだろう? それに対して拒否しない方も方だが。
「ただね、冨○さんは本当に良い人なんだけど、一つだけ困ったことがあるけれど」
「困ったこと?」
「柱じゃないって言いたがることよ。彼は間違いなく最高の水の呼吸の使い手なのに」
 困ったような表情を姉は浮かべ、しのぶもその言葉に驚くほかない。
 柱なのに柱じゃない?
 誰もが憧れるはずの柱なのに?
 そもそも実力がなければその地位に就けることはないはず。
「ね、不思議よね。何度か一緒に戦ったことあるけれど、冨○さんは強いのに」
「そうなの?」
 まだ階級の低いしのぶは柱と合同任務に就いたことはない。
 流石、姉は強いからと少し落ち込む。どうして私の手はこんなに小さいの? どうしてこんなに体躯が小さいの?
 同じ姉妹なのに……
 それはしのぶを時折切なくさせる。
「しのぶにはしのぶの戦い方があるわよ」
 姉はいつものようにそう朗らかに微笑う。決してしのぶを否定したりしない。妹を信じているのだ。
 だからこそその期待に応えたい。
 そう思うが、結果はなかなか出ないままだった。
 どんなに鍛えても彼女の握力が劇的に増えることはなく、技で補っている状態だ。
 だが、それも限界がある。故に彼女は自分の知識を生かし、鬼に効く毒を用いて戦闘をするようになっていた。
 確かに素早さと相手を翻弄する刀技は彼女の最高の武器であったし、それは他の誰にも負けないものである。
 しかし戦闘に於いて誰よりも早く先手を取ることは出来ても最終的に鬼の頸を切ることが出来ないことが何とももどかしい。しかも誰もそんなしのぶを補助してはくれない状況なのだ。
 彼女の戦い方が特殊であるが故に理解されない、つまりはそういうことだ。
 柱の妹として特別扱いされているという嫉妬もあるのだろう。
 実力がないと思われているのが一番悔しかった。
「しのぶ、焦らないのよ」
「うん、分かってるわ、姉さん」
 そう答えるものの、内心ではどうしようもなく焦っている。何か、何か方法があればと思う。
「しのぶには薬学の知識があるんだからね。本当、私なんか及ばないくらいよ」
 しのぶは鬼殺隊に入隊して以来、今は亡き父に教えて貰った知識を元に独学で薬学を学び続けていた。それは彼女の性に合うらしく、何をするよりも楽しかったのもある。幸い、蝶屋敷には蔵書がたくさんあったから学ぶのに適していた。
 無論、薬学の知識は同じく姉妹のカナエにも当然ある程度はあるが、しのぶほどでは無い。
 だからしのぶは蝶屋敷では重宝される存在にはなっていた。元より鬼殺隊の治療に携わるところでもあり、薬学の知識を持つものは当然、尊ばれる。隊士としては半人前と言われるのに。
 その差異がしのぶを苦しめた。
 このまま蝶屋敷のみで活動していけと言われているようにも感じてしまうことがある。
 ……あの人なら……分かってくれるかな。
 柱なのに柱じゃないなんて言う人だから……
 そこまで考えて慌てて首を振った。
 分かってくれるわけない、所詮は鬼の頸を切れない隊士の戯れ言に過ぎないのだから。
 きっと今までに会った隊士の誰とも違うからそんなことを考えてしまうんだ。
 そのくらいしのぶにとって義勇という存在は不思議に満ちていた。
 ただ、また逢いたい、そう思った……

えにしなりしと [Spiral Moon]

その日、彼女に逢った。
 小柄で気の強い少女だと思った。凜として美しさと危うさのある……
 何故か花柱たる胡○カナエに強引に呼ばれ、屋敷を訪《おとな》っているのだが、そこでいきなり彼女の妹だという少女を紹介された。
「冨○さん、妹のしのぶよ。仲良くしてあげてね。しのぶ、此《こ》方《ちら》、水柱の冨○義勇さん」
「よ、よろしくお願いします、胡○しのぶです。お初にお目にかかります、水柱様」
 水柱――そう呼ばれた。誰もが彼をそう呼ぶ。しかし義勇はそれを望んではいなかった。己は相応しくないと知っていたから。
 さて、どう答えようか考えていると少女の怒声が飛んできた。挨拶の一つも出来ないのか! そう言っていたと思う。
 その行動に彼は素直に驚いた。
 柱を除いた鬼殺隊の中で彼に対してそんな態度を取るものなどいない。
 だからそれはとても新鮮だった。
「冨○義勇だ……」
 だからそう名乗った。
 何故答える気になったのかは分からない。他の誰かが言っても恐らく彼は答えなかっただろう。
 しかし彼女には名乗ってもいい、そう思ったから。
 胡○しのぶ――は小柄で華奢に見えたが、その瞳の闘志は当《まさ》に鬼殺隊員に相応しいものだ。
 流石、花柱の妹……
 俺とは違う。
 何故なら彼は柱としての己を認めることが出来ずにいるままだ。彼の主人であるお館様である耀哉が望まれたことだから柱を継ぐことを受け入れたが、それでも未だに疑問や葛藤は続いていた。
 俺よりずっと相応しい者がいる……
 勿論、鍛錬を怠ったことは一度も無い。任務を熟すことも当然異議はない。
 ただ柱として、となれば話は別なのだ。
 あの少女なら理解ってくれるだろうか。
 そんな期待をいつの間にか抱いている己に気が付いた。
 何故そんなことを考えたのか、我ながら理解が出来ない。

「義勇、義勇、何、笑ッテイル?」
「寛三郎……」
 己の鎹鴉に言われ気が付いた、そうか笑っていたのか。
 どうやら楽しかったらしい。
 尤もその笑みは彼を知らないものが見れば何も変わらないように見えただろう。
 この老鴉は時折こうして鋭く義勇に言葉をかけてくる。
 恐らく義勇を一番理解しているのは寛三郎なのだろう。この鴉は元々義勇の師である鱗滝の鎹鴉だった。新しい鴉でも良いだろうと師は言ったが、義勇は寛三郎を選んだ。彼を受け継いだのは師との繋がりを失いたくなかったからなのかも知れないが、不思議と老鴉との関係は嫌いではなかったのだ。
 はじめに姉を喪い、次には友も喪った。それは彼の中にある悔恨であり、どれほど彼らに詫びても足りないのだ。
 もっと己が強ければ、もっと精神を鍛えていれば!
 不甲斐ない! 不甲斐なさ過ぎる!
 そんな思いがもうずっと義勇を支配し続けている。
 だから今も当然のように人一倍鍛錬を行うし、己以外のものの死をこれ以上見たくはないからこそ一人で行動することを敢えて選んでいる。
 無論、お館様の命とあれば他の者と組むことも辞さないが、その際にも己以外のものと関わるのは極力避けていた。
 そのお陰で会話すら最低限にしているため、圧倒的に足りない彼の言葉が通じることはなく、結果として相手には『理解できない』ものになる。
 だが、彼はそれ自体、問題があるとは思ってはいない。
 誰かといるよりも一人の方が気楽だからだ。
 否、誰かと関わることで錆兎のように喪うのが怖いのが本音か――少なくともそれが彼にとっての一種の楔になっているのは事実だろう。
 本来であれば鬼殺隊という組織にいる以上、その考えは良くはないはずだ。しかし理《わ》解《か》ってはいるものの、今更修正しようとも思えなかった。
 彼としてはそんなことに情熱を注ぐよりも何事にも動じず、強くあることを己に求めたいのだ。
 せめてそれが柱という立場にある己の責務だと思っている。
 そもそもその場その場に合わせて直ぐさま何か変えられるような器用な人間でもなかった。
 だから誰からも一線を画していたというのに、あの少女はあっさりとそれを乗り越えてきたのだ。
 それがどうにも不思議で……そして名状しがたい不可解な感情が彼の中に走るのだった。

えにしなりしと~ないもの少女と無口な剣士~

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