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作品内容
花嫁が消える……そんな事件が起こる中、義勇としのぶはお館様の命を受け、その地に向かうのだが……
胡○しのぶはお館様の命を受け、冨○義勇と共に事件に向かうことになる。その先に待つのは夜盗か、鬼か?
壱ノ巻
「早く明日にならないかしら! いよいよだわ!」
明日、花嫁御寮として恋人の彼に元に嫁ぐと娘は燥(はしゃ)いでいた。
どれほどこの日を待ち望んでいたことだろうか。
考えるだけで心が躍る。
明日には愛しい人の妻となれるのだ。これほど嬉しいことがあろうか!
部屋に掛けてある白無垢を何度も何度も見返し、来るべき日を心待ちにしていた。
その時、声がした。
「……どう……して……」
か細く、途切れ途切れの声だった。
「え?」
部屋には自分以外、誰もいないはずなのに声がした。
「どうして……?」
「だ、誰? 誰なの?!」
俄然、恐怖が湧いてくる。この部屋には今は一人きりのはずなのだ。それなのに声がする。しかも――明らかに知らない声だった。
家人は前祝いと言うことで宴会で盛り上がっており、その声が響いてくる。
けれど彼らの声がどうにも遠い。
助けを呼ばなければ。
そう思うのに体は動かない。
それが恐怖が齎(もたら)した結果だと気が付くのに時間はかからなかった。
ガタガタと震え、近付いてくる何かに対して脅える。
「ひっ……」
悲鳴を上げたはずの声は誰にも届かない。
躙り寄る音がする。
「何処だ……何処」
今度は男の声がした。先ほどの女とは明らかに違っている。だからと言って安心など全く出来ない。だってその声は彼女の知る誰とも違っていたから。
「花嫁は何処だ、何処にいる」
声はそう言っていた。
花嫁? 花嫁って私?
誰か、誰か!
そう思うのに体はやはり動かない。
何かがいるのだ。
その何かがまるで分からない。
けれど恐怖と絶望だけは本物で間違いなくそこにあった。
そして――花嫁は消えた……跡形もなく、花嫁衣装と共に。
近頃、花嫁となる娘さんが連続で消えている話が出ていてね」
その日、屋敷に柱を招集して、産(うぶ)屋(や)○(○き)耀(かが)哉(や)はそう切り出した。聞けばとある地方で祝言の前夜に花嫁が何の前触れも無しに行方知れずになると言う話だった。消えた女性たちは特に問題を抱え得ていたわけでもなく、一様に結婚式を楽しみに待っていたらしい。
婿になるものは勿論、家族たちも心配をしており、警察なども出ているが一向に手がかりがないとのことだ。
隠たちなどが情報を集めた結果、血鬼術の一種が使われているのではないかという結論に至ったと耀哉は静かに話した。
「それで子どもたちのお陰である程度は絞れてきたけれど、それでも出現する場所が複数箇所だからね。柱たちで分かれて受け持って欲しいんだ。恐らくかなり厄介な鬼だと思われるし。ただ今回の場合、これから夫婦になる男女という体で行かないといけないから義(ぎ)勇(ゆう)、しのぶ。それに小(お)芭(ば)内(ない)、蜜(みつ)璃(り)。後はそうだね、天(てん)元(げん)と奥方たちに頼めるかな? それぞれ組になって受け持って貰いたいんだけど」
お館様の命とあれば誰も断る者などいないが、それでもその内容に異を唱えたい部分があった。
「ご命令はお受け致しますが、お館様、何故その組み合わせになるのでしょうか?」
伊(い)○(○ろ)さんと甘(かん)○(○)寺(じ)さんは分かるし、宇(う)○(○い)さん夫婦もまた然(しか)り。
実際、小芭内と蜜璃は互いに視線を交わし合い、照れてはいるようだが、お館様の指示には従うことに疑問はないらしい。蜜璃から聞く限り二人の関係は親密までは行かずともそれなりのものらしいのでこれは当然と言えよう。
天元は当然、対象が妻たち相手なので問題はない。
翻ってしのぶと義勇はどうだろうか。彼らのように間柄に関連がない、ないはずだ。
そう、偶々合同任務が多いだけの相手。それだけの関係。
故に何を思ってのことなのか問い質したくもなると言うものだ。
「胡(こ)○(○ょう)、お館様のご命令だ」
だが、隣に座していた義勇が静かにそう遮った。暗にそんなことを聞く必要はない、そう言っていた。
「けれど」
やはり彼女としては何故、冨(とみ)○(○か)さんとなのか。それを問いたかった。そもそも男性の柱は彼だけではない。
「お館様のご意向だ」
義勇は再度しのぶの言葉に被せるようにそう言い、そうなれば彼女もそれ以上は何も返せなくなる。鬼殺隊に於いてそれは絶対の不文律だったからだ。しかも耀哉は考え無しに彼らに対して命令を下したりはしない。鬼殺隊士、それも柱であれば誰もが理解していることである。
つまり今回の命もしのぶにはまだ理解が及んでいないが、彼の考えがあってのことだろう。
「しのぶ、義勇、改めてこの件を頼んでもいいかな」
再度、耀哉から問い直されるとこれ以上の異議は彼の意に反することに繋がってしまう。しのぶもそれは避けたかった。
「御意」
「御意……」
正直しのぶとしては納得はしていなかったが、義勇に続いて今度は了承の旨を伝える。
他のものたちはそもそも異を唱えるような真似はしなかったのでその場で直ぐに解散となり、任務に当たるものたちはそれぞれで話を始めたのだが、義勇は一顧だにせず直ぐに場を後にした。その様子に一蹴唖然となりつつもしのぶは急ぎ彼を追って、呼び止めた。
「冨○さん! 待ってください! 冨○さん!」
「何だ?」
いつもの無表情さの中に幾分疑問を抱いた様子を浮かべて義勇は彼女のいる方へと振り返った。
彼としては命を受けたのでそのために準備を調えなくてはならないと考えていたからだ。
が、しのぶにしてみれば違う。
「冨○さん、あんなに簡単に受け持って! それに皆さんとの話もまだ終わってないですよ?」
「お前も受け入れただろう? 他の者たちとの話は俺には必要はない」
何を言っている? 明らかにそう言いたげな様子である。元々人と合わせることのない男だ。答えとしては分かりすぎていた。
「そりゃあ、敬愛するお館様のご命令ですから。でも他の方たちとも……」
義勇が普段から他の柱たちと距離を置いていることは理解しているが、折角の機会なのだ。この際、話してみてもいいではないか。しのぶはそう思う。
「では俺もそうだ。俺にとって必要ないと判断する」
素気ない返事である。それ以外に答えようのない、そう彼の表情は告げていた。
だが、しのぶとしては何故義勇が相手なのかとは疑問は消えぬし、そもそも他の柱と合同任務というのも気を遣うのだ。だからこそ任務を受けたもの同士で話し合うことは無駄ではないはずだ。
「お前も柱だ」
少し考えてからそう冷静に義勇は言った。その後の言葉は恐らく分かっているはずだ、であろう。彼女には彼の足りぬ言葉が何故かいつも聞こえてくる。
「それはそうですが……」
「ならばこれで話は終わる。お前も支度がいるだろう。俺の方が終われば鎹鴉を飛ばす」
「寛(かん)○(ざ○)郎(ろう)さん、ちゃんと飛んできますか?」
それは一番気になるところだ。彼の老鴉は時折とんでもないことをするので確認するようにしのぶは尋ねた。
「……よくよく言って聞かせるから平気だろう」
心当たりがありすぎるせいか、義勇も多少ばつの悪そうな物言いで返してきた。
これ以上は意地悪ですね。
そう思い、了承の意を伝えることにした。
「兎に角、あなたの考えは分かりました。それでは私の方も終わり次第、艶(つや)を飛ばします」
所謂潜入捜査という奴であるから義勇もだが、女性であるしのぶには更に用意がいることは間違いない。
「では話は以上だ」
「……はい」
それ以上の話を続けるには最早難しくなってきたこともあり、納得をすることにした。何故ならこの先に彼に聞くだろう問いは全て彼女の感情から来るものになってくるからだ。
それはしたくない、見せたくない、そう思う。
それでも義勇の背中を見送りながらどこか落ち着かない感情を覚える。
これが恐らく別の柱相手であったならここまで胸もざわつかぬだろうに。
何故か冨○義勇という男には他の誰にも感じたことのない感情が湧くことがある。それが何かは分からないのだが、非常に不可解な感情であることは間違えがない。
感情の制御が出来ないのは未熟者……
去りゆく義勇の姿を見送りつつ、そんなことを呟きながらしのぶも屋敷を後にするのだった。