「──おかえり。今年は、どのくらいいられるの?」
コロナウイルスが蔓延し、ありとあらゆるイベントが中止となった2020年。各地の夏祭りも当然行われず、人々はひと夏の欠陥を負うことになった……かに思えた。「思い出がなければ音声を聴けばいいじゃない」と某アントワネットは言ったが、これほど「理想の夏」を補完するにふさわしい作品を僕は知らない。蝉の声、風鈴の音、湿っぽい田舎の風景。そして、都会の大学に進学した主人公(聴き手)の帰りを待つ幼馴染。あくまで「自然」な会話に拘ったそのシナリオからは、声優だけでなくライターとしても才覚を存分に発揮する一之瀬りとの天才さが覗える。君は知っているだろうか。久々に会った幼馴染とのぎこちない会話を。温い風を受けながら縁側で寝る幸福を。海辺で遊び、手持ち花火を共有する尊さを。そして、花火に照らされた彼女の横顔に見とれる瞬間を。僕の中には、存在しない彼女との思い出がいくつもある。この記憶は、僕があの夏たしかに傷ついた証だった。