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マンホールの多い町では人が消える。
夕立が降る日に警察に保護された中学生。彼女が刑事に語ったのはにわかには信じがたい話。
それは彼女がマンホールで飼っていた怪物が引き起こした惨劇だった。
「私は怪物の飼育係だったんです」
(サイコホラー/短編)
表紙:ミ造(@MIZ0_mmm333)様
作者Twitterアカウント @wKoxaUr47xGeAZy
(作品の裏話や情報を更新しています)
……ハイ、大丈夫です。落ち着きました、ありがとうございます。
雨の音すごいですね、ザーザー……夕立って怖いなあ、空の底が抜けて落ちてきそうな気がしませんか?世界が終わる日みたい。
でも窓越しに聞く雨音は嫌いじゃありません、守られてる感じがして。わかります、安全圏にいる感覚?自分だけは大丈夫だろうって、根拠のない全能感。
あ、そうですね。わかってます、ちゃんと話さなきゃ……大丈夫、深呼吸したら落ち着きます。刑事さんたちもわけわかんないですよね、顔に書いてあります、一体この子に何が起きたんだって。今から説明します、支離滅裂になっちゃったらごめんなさい。
アレ、見てください。道路が洪水みたい。真ん中にあるの見えます?マンホールです。まん丸い鉄の蓋。町中にありますよね。マンホールがない町ってあるんでしょうか、私は知りません。電線と同じ、そこにあるのが当たり前のものです。
なのに見えない。
あまりに当たり前すぎて、皆が見落としてる日常の異物。
子供ってへんなもの好みますよね、ポールとか三角コーンとか駐車場の縁石とか。私のお気に入りはマンホールでした。
一番最初の記憶は4・5歳頃かな、マンホールにのっかってるんです。ピコピコ鳴る子供用のサンダルはいてました、大好きなウサギのキャラクターがプリントされた真っ赤な……笛付きサンダルっていうんですか、アレ。物知りですね。お子さんいるんですか?ああ、娘さんまだ幼稚園なんですね。可愛いだろうなあ。
……すいません、脱線しました。その頃の私のブームは、笛付きサンダルを履いてマンホールを踏むことだったんですよ。ピコピコピコピコ、音が鳴るのが楽しくて30分やっても飽きなかった。なんでマンホールの上かって?そうですね……小学校の行き帰りにしませんでした、横断歩道の白線を安全圏に見立てる遊び。間は地獄なんです、底がないんです。落ちたら即死。そういう遊びだったんじゃないかな、よく覚えてないけど。
もうご存じでしょうけどうちは放任主義だったんです。私が表で遊んでても何も言わない。遠くへ行っちゃだめだとか早く帰ってこいとか、よそのお母さんみたいなことは全然言わないんです。だから私は家を離れてマンホールを辿りました。
うちの前にあるマンホールを出発点にして、町中のマンホールを数えたんですよ。何個か忘れちゃったけど。ひい、ふう、みい……踏んでジャンプ、またジャンプ。そうやって一人で遊んでたら行く手のマンホールから視線を感じたんです。なんだろって不思議に思って、よーく見たら蓋がほんのちょっと開いてるんです。誰かが下から持ち上げて、目だけ覗いてたんです。顔は蓋の陰になって、年齢はもとより性別すら判然としません。
私はきょとんとしました。
「だれ?」
するとマンホールはすぐ落ちて人影は引っ込んじゃいました。大急ぎで追いかけて、足元のマンホールに繰り返し呼びかけたけど反応はありません。
「おーい」
諦めきれずにノックをした次の瞬間、マンホールが数センチ浮き上がり、片足のサンダルがすっぽぬけました。
「あっ」
サンダルはマンホールの隙間の暗闇に落ちていき、ぽちゃんと水音がしました。
お気に入りのサンダルをなくしてしまったのがすごく哀しくて、泣きながら帰りました。