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駅前のファミレス『バンビーナ』に偶然居合わせた人々。
未知のウィルスが蔓延し人々がゾンビ化する世界で、店内に取り残されたバツイチ三十路の七瀬は予備校生の八尋と親しくなるが、パニックは次第に加速して……。
まさみのホラーコメディー短編。
作者Twitterアカウント @wKoxaUr47xGeAZy
(作品の裏話や情報を更新しています)
ファミリーレストランに盛り塩は似合わない。
「……ていうかゾンビに盛り塩って効果あんの?」
「あるかなしかで言ったら、なし」
「じゃあ無駄じゃん。意味ねーじゃん。なんで塩盛ってんの?」
「そういうアホでもできるアホなツッコミはいいからあんたも手伝えよ」
ヘッドホンをかけた予備校生に説教され、四隅の塩をチラチラ見ながら椅子を積む。
盛り塩がお浄めやお祓いの様式美なのは一般常識として知っちゃいる。
葬式帰りのヤツは玄関先で塩をかける。一種の厄払い、幽霊が家ん中まで憑いてこねえようにだ。
知ってるさもちろん、非常識だバカだアホだ別れたカミさんに謗られちゃいるが人間三十年ちょい生きてりゃいやでも知識は増える。
だけどファミレスと盛り塩の組み合わせは実際どうなんだ?と問いたい、激しくツッコみたい。いや、和風居酒屋ならギリギリセーフだけどさ。洋風のファミレスにゃ似合わねえだろ。
電気が切れた店内は薄暗い。
ライフラインは仮死状態。
至る所からぐすぐすと途切れなく嗚咽が聞こえて気が滅入る。
ポツポツと灯るあかりはまだ充電切れしてないスマホの液晶、それだけを頼りに人々は互いの顔を照らし合う。
「ホタルノヒカリなら風流だがスマホノヒカリじゃ興ざめだぜ」
スマホに縋り付いちゃ一喜一憂する顔をほかにやることもなく観察する。
ほぼ密室状態の人口密度は高く、老若男女とりまぜて取り残された客たちがそれぞれのグループごと寄り集まって世を儚み離れ小島の不運を嘆いている。
テーブル席に座った若い夫婦は真ん中に挟んだ子供がぐずるのを必死になだめ、ほんの一時間前までドリンクバーをハシゴしちゃ教師の悪口や共通の友人の噂話で姦しく盛り上がってた女子高生は、互いの肩を抱き合い半べそだ。
端的に言って地獄だ。
いや、本当の地獄は「外」だ。
死屍累々と阿鼻叫喚どっちがマシだ?
「人は内、屍人は外……ってか。語呂わりー」
内のほうがちょっとはマシだ、断然マシだ。少なくともまだ死者は出てない。
だが陰陰滅滅はごめんこうむりてえ、こちとらシケた雰囲気が大の苦手ときてる、性分にあわないのだ。
「くそっ」
口汚く毒突いてどっかと胡坐をかく。扉の外じゃ思考停止ゾンビどもがこりもせず体当たりをくりかえしその轟音と衝撃が伝わってくる。
連中飽きねえのか?
いくら痛覚が麻痺してるからってタフだことと感心する。
ドアが震えるたび寄り添う女子高生は悲鳴を上げ、怯えた子供はぎゃん泣き。
上品な白髪の老婆はポケットからとりだした数珠を手繰って念仏を唱え始める。
もしもの時の神頼み。
状況はどん底の底も抜けて最低、最悪に輪をかけて最悪。密閉され換気の悪い店内に人いきれが立ちこもる。
「なんでこんなことになったんだ」
ほんの数時間前まで、ファミレスには退屈な日常が流れていた。
午後二時、昼食にはちょい遅い時間帯。
店内に疎らに散った客たちは思い思いの時間を漫然と過ごしていた。
等間隔に配置されたテーブル席には見栄えよくメニューブックが立てかけられ、よくエアコンが利いた清潔で快適な店内には弛緩した空気がたゆたっていた。
『リストランテ・バンビーナ』
それがこのファミレスチェーンの名前。
イタリア語でバンビーナは小娘、お嬢ちゃんて意味だそうだ。
立地は駅から徒歩三分、ビルの二階に入ってる。一階は全国展開してるコンビニ。夕方ともなれば学校帰りの学生の集団で盛り上がるが、時間帯がズレてる今はおよそ六割の入りでゆっくり寛げる。
手持無沙汰に見るともなく客の顔ぶれを流し見る。
むこうのテーブル席で団欒してるのは初老の夫婦と二十代の若夫婦と三歳くらいの女の子。
お子様用の高い椅子に座らされた女の子はスプーンをぶんまわしては「めっ」と母親に叱られ、祖父母が微笑ましく見守っている。
通路を隔てた二人用の席を独占し、ヘッドホンで音楽を聴きながら参考書を広げているのは近くの予備校生だろうか。
その隣はスカート丈の短いギャルメイクの女子高生二人組、スマホの画面を見せ合って笑い転げてる。
外回りの営業マンだろうか、椅子の背凭れに背広をかけた青年が携帯で上司だか取引先と話し込みながらアイスコーヒーで喉を潤す。
「ファミリーがレスしてるからファミリーレストランってか」
斜に構えた態度でずこことメロンソーダを吸い上げる。
平日の昼下がりという事もあってか、さすがに両親と子供そろった席は稀だ。それともそう感じてしまうのは俺個人がファミリーをレスしてるせいだろうか。
だらしなく頬杖付く。
見晴らしのいい窓際の四人掛けテーブル席を独占できるのもこの時間帯の特権だ。
嵌めこみ式のでかい窓の向こう、太陽が燦燦と降り注ぐ交差点には人と車が喧しく行き交っている。
「……いけね」
窓越しの雑踏に別れたカミさんとガキの顔をさがすのが癖になってる。こんなとこにいるわけねーのに。
大体いまガキは小学校に行ってる時間帯だ、カミさんは買い物にいくにしろ近所で済ませてめったにこっちにでてこない。だてに十年近く一緒に暮らしてねー、お互いの行動範囲は周知してる。
ストローの先っちょ噛み潰してずこーずこーと吸い上げる俺の耳に、隣の女子高生の話し声がとびこんでくる。
「なにこれ」
「どしたん」
「ネットニュース見てみ、どっかの製薬会社の研究施設から新種のヤバいウィルスが流出したって」
「なにそれヤバいじゃん。バイオハザード発令?」
「わかんないけどいま緊急記者会見やってる」
「ヤバっ、これけっこー近くじゃん!てかそんなヤバい施設が電車で三駅のとこにあったなんて知らなかったし」
どうでもいいが、ボキャブラリーが少ない。ヤバいヤバいそれっきゃ言ってねーぞ。しかしヤバい事態だってのは十分伝わってくる。
軽薄に騒ぐギャルの対角線上のボックス席じゃ、年配の夫婦がスマホを覗きこんで不安な顔色をし、大学生グループが「マジ?」「マジっぽい」と囁きかわす。
「政府の声明だって、危険だから家から絶対出るなって」
「えー厚生省とかそっち系?」
「なんか大臣でてきたっしょ。ヤバない?」
「パねえ」
「そのウィルスって結局何?感染すると体がドロドロに溶けるとかスプラッタ?空気感染だったらどうしようもない」
「なんかー噛まれると伝染るらしい?」
「それってゾンビ……」
「B級ホラーじゃん」
馬鹿馬鹿しい、スマホ全盛の今の世の中ゾンビなんかいるかってんだ。B級ホラーの見すぎだ。笑い話っぽく呑気に構えるギャルがふと顔を上げる。盆をさげた店員が、ハッと顔を引き攣らせ入り口を注視する。
そこに、いた。
ゾンビ一号が。