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——その日、麗子がようやく会社から解放された時には、もう夕日は大きく傾いていた。
蒸し暑い真夏の夕闇の中を歩いて、電車に乗り、帰途に着く。
麗子が電車から降り立った時には、辺りは暗闇に包まれていた。
自宅のマンションは、駅からは目と鼻の先のほどの場所にある。
しかし、麗子は暗闇と辺りの妙な静けさにいいしれぬ不安を感じ、かけ足で自宅のマンションへと向かった。
漆黒の闇の中に、麗子のヒールの音だけが響いていく。
結局、マンションにたどりつくまでには、ほんの数分しかかからなかったが、緊張と疲労から、麗子の身体はじっとりと汗ばんでいた。
「……ふう、暑い……汗かいちゃったわ……」
麗子は部屋に着くなりスーツ脱ぎ捨てて、バスルームに入った。
暗いバスルームの脱衣所で、手探りで照明のスイッチを探す。
その間にも、バスルームにこもった湿気で、麗子の身体からは汗がふきだしていた。
しばらく苦心してスイッチを探し出し、照明をつける。
「——それにしても、なんだったのかしら、あの人……?」
麗子の頭の中をある記憶がふっとよぎった。
それは、帰りの電車内でのことだ。
退社時刻が遅くなってしまい、麗子の乗った電車にはほとんど乗客はいなかった。
結局、麗子は誰もいない車両で腰を下ろした。
そして、無人の車内でしばらく過ごしたあとのことだ
ひとりの男が現れて、麗子の対面に腰を下ろした。
それだけなら、なんの問題もない話だ。
しかし、その男をみて、麗子はなんとも奇妙な印象をうけた。
比較的カジュアルな服装をしていたので、会社帰りのサラリーマンでは無いだろう。
しかし、学生のような雰囲気でもなく、若いのかそれなりの年なのかもわからない何ともつかみ所の無い奇妙な男だった。
その男が、電車に乗っている間、ずっと麗子の方を凝視していたのだ。
最初は痴○ではないかと勘ぐって警戒していたが、男はなんのアクションを起こすわけでもなく、ただただ麗子の方を見つめ続けるだけ——
電車を降りた時、麗子は気になって、男の座っていた電車の座席の方を見たが、もうその男の姿は消えていた。